
WORLD 0112 STORIES
FASHION
着ることの、ちょっと不思議な話。
パナマ帽は、パナマではなくエクアドル生まれ世界に広めたのは、運河を視察した大統領の一枚の写真だった夏の麦わらの中折れ帽「パナマハット」。編まれているのは、エクアドルの海辺の農家だ。ヤシの仲間の繊維で、1つ編むのに1日から8か月。なぜパナマと呼ばれるのか。旅人の通り道と、1906年の大統領の写真。
ボーダーのシャツは、フランス海軍の水兵の肌着だった1858年の決まりで、しまは20〜21本紺と白の細いしまのシャツは、フランスでは「マリニエール(水兵の服)」。霧の海でも見つけやすいと言われるしま模様は、1858年に海軍の制服になった。しまの幅は1センチ、間は2センチ。ココ・シャネルが街に連れ出し、休日の服になった。
ミナ ペルホネンは、魚市場で働きながら始まった「せめて100年続くブランド」と紙に書いてから30年手で描いた柄の布から服を作るブランド、ミナ ペルホネン。1995年に皆川明さんが八王子のアトリエで始め、2025年に30周年を迎えた。名前はフィンランド語で「私」と「ちょうちょ」。
ティファニーの黄色いダイヤモンドは、半分以上を削って輝きを選んだ150年近く、身につけた人は数えるほど287カラットの黄色い原石を、128カラットまで削って輝きを選んだティファニー・ダイヤモンド。1972年の「100年後には1,000万ドル」の広告から、身につけた4人、5番街の本店までをたどる。
アロハシャツは、着物の生地から始まった沖縄の「かりゆし」とクールビズまで、夏の仕事着の話アロハシャツは、ハワイの日系の人たちが着物の生地でシャツを仕立てたのが始まりとされる。アロハ・フライデー、沖縄のかりゆしウェア、環境省のクールビズまで、夏の仕事着をたどる。
ロレックスで世界一高く売れた腕時計は、ポール・ニューマンが娘の恋人に手渡した1本だった俳優ポール・ニューマンが、1984年に娘の恋人へ手渡した腕時計は、2017年に約1,775万ドルで売れ、ロレックスの競売最高額になった。裏ぶたの言葉や、売れ残りだった文字盤まで、その物語をたどる。
ジーンズは、洗いすぎなくていいリーバイス自身が出している洗い方ジーンズは何回はいたら洗うのか。デニムの本家リーバイスの公式ヘルプは「約10回はいたら」。洗濯機での洗い方、乾かし方、新品・黒・白・生デニムの扱いまで、ページの内容を紹介する。
ファスナーの最初の特許の名前は、「靴のための留め金」だった毎日上げ下げするファスナー。1893年の最初の特許の題名は、「靴のための、留め金の掛け外し」だった。2件の米国特許の原文と、二次資料をたどって、その来歴を読む。
月に5秒しかずれない腕時計が、時計の世界を変えた1969年12月25日に売り出された、世界初のクォーツ腕時計「クォーツ アストロン」。月に5秒しかずれない精度と、技術の公開が、時計の世界をどう変えたのか。セイコーミュージアムの説明をたどる。
ジーンズの鋲は、丈夫なズボンを頼まれた仕立て屋の工夫から始まったジーンズのポケットの角にある、小さな金属の鋲(リベット)。1873年の米国特許の原文と会社の説明、公文書館のブログが紹介する証言をたどり、なぜズボンに金属を打ち込んだのか、そして後ろポケットの鋲がたどった道を覗く。
山道を走るための靴を、街で最初に選んだのは誰だったのか山道を走るための靴が、パリのセレクトショップから、ファッションの世界へ。最初に選んだのが誰かは、はっきりしない。資料に残る出来事をたどりながら、道具が「かっこいい」と見つけ直される過程を覗く。
AIの時代に、なぜ「本を読む人」みたいな服が注目されているのか。ツイードやコーデュロイ、ローファー。どこか「本を読む人」みたいな服が、なぜ今、格好よく見えるのか。AIの時代との関係を、断定せずに、少しだけ考えてみた。