1906年の白黒写真。パナマ運河の工事現場で、巨大な蒸気ショベルの運転席に、白い服と白い帽子のルーズベルト大統領が座っている。まわりに帽子をかぶった作業員たち。

FASHION・・記事内容:約2分

パナマ帽は、パナマではなくエクアドル生まれ。世界に広めたのは、運河を視察した大統領の一枚の写真だった

夏の麦わらの中折れ帽「パナマハット」。編まれているのは、エクアドルの海辺の農家だ。ヤシの仲間の繊維で、1つ編むのに1日から8か月。なぜパナマと呼ばれるのか。旅人の通り道と、1906年の大統領の写真。

写真: 撮影者不明 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

夏の帽子売り場に並ぶ白っぽい麦わらの中折れ帽。「パナマハット」と呼ばれることが多い。

でもこの帽子はパナマで生まれたものではない。作られているのは南米のエクアドルだ。

ヤシの葉で編む

ユネスコの無形文化遺産のページによると、この帽子はエクアドルの海岸地方に生えるヤシの仲間「トキヤ」の繊維で編まれる。

海岸の農家がトキヤを育て、茎を刈り取って緑の外皮から繊維を分ける。繊維をゆでて葉緑素を抜き、乾かして、まきの火で硫黄をたいて白くする。

その繊維で職人がてっぺんとつばを編んでいく。1つの帽子を編むのにかかる時間は、1日から長いものでは8か月。品質と細かさによって違う。

最後に洗って白くして、形を整えアイロンをかけプレスする。

編む人の多くは農家の家族で、技術は家の中で小さいころから見よう見まねで受けつがれてきた。ユネスコは2012年、この「エクアドルのトキヤわら帽子の伝統的な編み方」を人類の無形文化遺産に登録した。

地元での名前は

エクアドルではこの帽子を「パナマ」とは呼ばない。地図や地理の情報サイト『ワールドアトラス』によると「ソンブレロ・デ・パハ・トキヤ」、つまり「トキヤわらの帽子」と呼ばれている。

なぜ、パナマなのか

名前の理由にはいくつかの説がある。

ひとつは売り場所だ。19世紀のエクアドルは旅行者が多く訪れる場所ではなかった。一方、北にあるパナマは多くの旅行者が行き交う交通の要所だった。職人たちは人の多いパナマで帽子を売るようになった。

もうひとつはゴールドラッシュだ。19世紀半ば、アメリカ東部からカリフォルニアの金鉱へ向かう人たちの多くは船でパナマを通った。そこで日よけに買った帽子を、彼らは「パナマの帽子」と呼んだ。

大統領の一枚

そして決定的だったのが冒頭の写真だと言われている。

1906年11月、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領は建設中のパナマ運河を視察した。巨大な蒸気ショベルの運転席に座る大統領の頭には白い麦わら帽子。

この写真が世界中で報じられ、帽子の人気に火がついた。アメリカの『リプリーズ』によると、運河を掘った作業員たちも赤道近くの日差しの下でこの帽子をかぶっていた。

1平方インチに4,000の目

いちばん細かく編まれたものは、エクアドルのモンテクリスティという町の名前で呼ばれる最高級品になる。

リプリーズによると、極上のものは1平方インチ(約6.5平方センチ)に4,000もの編み目がある。2008年には、職人がほかの5人の助けを借りて5か月かけて編んだ帽子が10万ドルと評価されたという。

ユネスコのページには、エクアドルの海岸の町ピレの職人たちが特別な気候の条件の中で、1列ごとに決まった数の目を数えながら極上の帽子を編んでいると書かれている。

夏の帽子を選ぶとき

帽子のてっぺんを光にかざしてみる。細かい編み目が見えるはずだ。

その目のひとつひとつを、エクアドルの海辺の家で誰かが指先で編んだ。名前はパナマでも、ふるさとは赤道の国だ。

出典

情報確認:2026年10月

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