窓辺の木の机に、開いた本、湯気の立つコーヒー、ツイードの布、革のバッグ、眼鏡が置かれている

FASHION・・記事内容:約3分

AIの時代に、なぜ「本を読む人」みたいな服が注目されているのか。

ツイードやコーデュロイ、ローファー。どこか「本を読む人」みたいな服が、なぜ今、格好よく見えるのか。AIの時代との関係を、断定せずに、少しだけ考えてみた。

最近メンズファッションを眺めていると、気になる服装がある。ツイードのジャケットにコーデュロイのパンツ。シャツにニット、ローファー。眼鏡と革靴と少し使い込まれたバッグ。

どこか「本を読む人」みたいな格好だ。

こうした文学的で知的な雰囲気のスタイルを、最近はPoetcore(ポエットコア)と呼ぶことがある。おしゃれな服というより、着ている人の背景まで想像したくなる服。「この人、本を読むんだろうな」という物語まで感じさせる。

「静かな贅沢」の次に来たもの

少し前まで、ファッションの大きな流れは「Quiet Luxury(クワイエット・ラグジュアリー)」だった。上質な素材に落ち着いた色。ロゴは見せない。長く着られるベーシックな服。その方向はいまも消えていない。

ただ最近のスタイルには、少し違うものが混ざってきている。色や柄。古着っぽさ。手仕事の感じ。きれいに整っているだけでなくその人が何を好きで、どんな時間を過ごしているのかが見える服だ。

Poetcoreも、その流れのひとつとして見ることができる。

なぜ、いま「本を読む人」なのか

面白いのは、これがデジタル化の進んだいまに起きていることだ。

スマートフォンがあれば、いつでも情報にアクセスできる。文章も画像も音楽も動画も、ものすごい速さで消費できる。AIに話しかければ文章まで一瞬で作ってくれる。そんな時代に、なぜか「本を読む人」のような服が格好よく見える。

もちろん、AIが出てきたからPoetcoreが注目された、と単純には言えない。ファッションには、昔のスタイルが巡ってくる性質がある。クラシックで文学的なスタイルの流れは、AIが広がる前から、Dark Academia などの形であった。

それでもいまこの服装を見ると少し面白い。もしかすると速くなりすぎたものから、少しだけ距離を置く雰囲気に惹かれているのかもしれない。

服から「時間」が見える

本を読む。コーヒーを淹れる。古いレコードを聴く。革靴を手入れする。どれもすぐに結果が出ないことばかりだ。効率だけを考えればもっと速い方法はいくらでもある。でもだからこそ面白い。

服も少し似ている。新品で完璧な服より少し皺があったり、素材の表情が見えたり、長く使って味が出たりしたものには「時間」が残る。

Poetcoreの魅力も、ジャケットと眼鏡を組み合わせることではないのだと思う。この人はどんな本を読むんだろう。休日はどこへ行くんだろう。このジャケット何年着ているんだろう。そう想像させるところにある。服がその人のプロフィールになる。

新しいものが増えるほど、古いものが面白くなる

未来に進んでいるはずなのに、格好いいものは少しずつ昔に戻っている。新しい技術が出てくる一方でフィルムカメラが見直され、レコードが楽しまれている。

昔に戻りたいわけではない。便利なものは便利なままでいいし、AIだって使えばいい。ただ全部を速く便利にする必要はないのかもしれない。だから時間のかかるものや、少し面倒なものに価値を感じる。Poetcoreのような服も、その感覚の先にあるのだろう。

「何を着るか」より、「どんな時間を過ごしているか」

ファッションは時代を映すと言われる。でも服が映しているのは時代そのものより、その時代に生きる人が何を求めているかなのかもしれない。

速さを求める時代だからゆっくりしたものが気になる。情報があふれる時代だから、一冊の本をじっくり読む姿が格好よく見える。AIが何でも作ってくれる時代だから、人が時間をかけて選んだものに惹かれる。

それがPoetcoreのすべての理由ではない。けれど、いまこの服装が面白く見える理由のひとつとして考えると、なかなか興味深い。

未来はどんどん新しくなっていく。なのに格好いいと感じるものはときどき少しだけ古い。その矛盾がなんだかいまっぽい。

出典

情報確認:2026年10月

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