濃い紺色の布の上に、大きな黄色いダイヤモンドが1つ置かれ、光を受けて輝いている。AIで作った絵で、実物のティファニー・ダイヤモンドの写真ではない。

FASHION・・記事内容:約3分

ティファニーの黄色いダイヤモンドは、半分以上を削って輝きを選んだ。150年近く、身につけた人は数えるほど

287カラットの黄色い原石を、128カラットまで削って輝きを選んだティファニー・ダイヤモンド。1972年の「100年後には1,000万ドル」の広告から、身につけた4人、5番街の本店までをたどる。

※生成画像

ニューヨーク5番街のティファニーの本店。その1階に黄色いダイヤモンドがひとつ置かれている。

128.54カラット。「ティファニー・ダイヤモンド」と呼ばれる石だ。

この石は大きさを捨てて生まれた。

南アフリカの鉱山で、287カラット

1877年。南アフリカのキンバリー鉱山で、黄色いダイヤモンドの原石が見つかった。重さは287.42カラット。

翌年ティファニーの創業者、チャールズ・ルイス・ティファニーが、これを1万8,000ドルで買った。

1年かけて調べ、1年かけて削った

原石はパリへ送られた。指揮をとったのはティファニーの主任宝石学者、ジョージ・フレデリック・クンツ。

カナダの雑誌NUVOによると、石はまず1年かけて調べられた。そして削ることだけにもう1年をかけた。

できあがったのは角を丸めた四角い「クッション」の形。重さは128.54カラット。原石の半分以上を削り落とした。

そのかわりに面を82にした。ふつうのブリリアント・カットは58面。それより24面多い。ティファニーはこうした理由を「炎のような色のきらめきと、輝きを最大にするため」と書いている。

大きさで勝つより光で勝つ。それがこの石の選んだ道だった。

窓に飾られたのは、一度だけ

1893年シカゴの万国博覧会。この石はティファニーの展示の目玉になった。ティファニーはこの博覧会で、56の賞を取ったという。

1955年には、5番街の本店のショーウィンドウに一度だけ飾られた。金の針金でできた、宙に浮かぶ天使の手のひらの上に。NUVOによると、この石がウィンドウに出たのは、後にも先にもこのときだけだ。

「100年後には、1,000万ドル」

1972年ティファニーは少しふざけた広告を出した。

この石を、24時間だけ、500万ドルで売る。そしてこう書き添えた。「100年後には、たやすく1,000万ドルの価値になるでしょう」

ティファニーの説明では、500万ドルはいまのお金で3,200万ドル近く。買い手の話は記録に出てこない。石はいまも店にある。

身につけた人は、数えるほど

この石を初めて身につけた人がいる。1957年、ロードアイランド州ニューポートで開かれた「ティファニー・ボール」。社交界のメアリー・ホワイトハウスが首に下げた。

4年後の1961年。オードリー・ヘプバーンが、映画『ティファニーで朝食を』の宣伝写真で着けた。デザイナーのジャン・シュランバージェによる、リボンを花のように巻いたネックレス「リボン・ロゼット」だ。

2017年のNUVOの記事は、「この石を身につけたのは2人だけ」と書いている。

その後、2019年にレディー・ガガがアカデミー賞の授賞式で、この石のネックレスを着けた。2021年には、ビヨンセがティファニーの広告で身につけている。

150年近くで、4人。指で数えられる。

着せ替えられる石

この石は何度か新しい台に付け替えられてきた。

1995年には、パリの装飾美術館で開かれたシュランバージェの回顧展のために、岩の上に鳥がとまる「バード・オン・ア・ロック」の形に。2012年にはティファニーの創業175周年を記念して、白いダイヤモンドを散りばめたネックレスに。

そして、5番街の本店が改装を終えて開き直すときに合わせて、5回目の付け替えが行われた。

5番街で、会える

ふだんは本店の1階に、この石のために作られたケースの中にある。

大きさを削って光を選んだ石。ニューヨークに行くことがあったら、ショーウィンドウではなく、1階の奥まで歩いてみたい。

出典

情報確認:2026年10月

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