古い木のテーブルの上に、クリーム色の文字盤に黒い小さな3つの時計が並ぶ、黒い革ベルトの腕時計。そばに、革の運転用手袋。AIで作った絵で、実際のニューマンの時計ではない。

FASHION・・記事内容:約3分

ロレックスで世界一高く売れた腕時計は、ポール・ニューマンが娘の恋人に手渡した1本だった

俳優ポール・ニューマンが、1984年に娘の恋人へ手渡した腕時計は、2017年に約1,775万ドルで売れ、ロレックスの競売最高額になった。裏ぶたの言葉や、売れ残りだった文字盤まで、その物語をたどる。

※生成画像

ポール・ニューマンは、アメリカの有名な俳優だ。

木の上の小屋で

時間を聞かれた。

聞かれたニューマンは、川のほとりの木の上にある小屋で、腕から時計を外してそのまま相手に渡した。娘のネルが書いた手紙に出てくる場面だ。

「毎日ネジを巻けるなら、時間はけっこう正確だよ」

(手紙の言葉を日本語にしたもの)

渡された相手は、ネルと付き合っていた大学生のジェームズ・コックス。1984年のことだ。

その時計が、2017年に約1,775万ドルで売れた。

裏ぶたの言葉

時計は、ロレックスのコスモグラフ・デイトナ(型番6239)。妻のジョアン・ウッドワードから贈られたものだった。1960年代の終わりごろ。ニューマンが、レースに夢中になっていた時期だ。

裏ぶたには「DRIVE CAREFULLY ME」と刻まれていた。速さに夢中の夫を心配した妻が、彫らせたと伝えられている。

「私のために安全運転でね」。そんな意味だろうと私は読んだ。

売れ残りの文字盤

デイトナの名前は、アメリカのデイトナ・インターナショナル・スピードウェイから来ている。ロレックスは1962年に、そのサーキットの公式計時を担当した。翌1963年に出たのが型番6239だ。

ニューマンの時計の文字盤は、「エキゾチック・ダイヤル」と呼ばれる特別なもの。1965年から注文で選べるようになった。

ところがこれが売れなかった。Wikipediaはデイトナ20本のうち、この文字盤は1本ほどだったと推定している。作られたのは2,000本から3,000本。

いまは「ポール・ニューマン・ダイヤル」と呼ばれて、世界中の時計好きが探している。当時は売れ残りだった。

2017年10月26日

場所はニューヨーク。競売会社フィリップスの競売で、この時計に最後に付いた値は、1,550万ドル。手数料を足して、17,752,500ドルになった。

オークションで売れたロレックスとして、これがいまも最高額だ。2026年10月に調べた範囲では、上回る例は見つからなかった。腕時計ぜんぶの記録ではない。パテック フィリップには、2019年のチャリティ競売で、さらに高く売れた例があるという。

1984年に手渡したとき、この時計の値打ちは、200ドルほどだったという。

売ったのはコックスさん。お金の一部はニューマンの娘ネルの財団と、ニューマンの名前の財団に寄付される、と報じられた。

ネジを巻く手

「安全運転でね」と彫った人がいた。その言葉を腕に巻いて走った人がいた。そして最後にその時計は、毎日ネジを巻いてくれる手へと渡された。

持ち主が変わっても巻く手がある限り、時計は時間を刻む。

いちばん高く売れた1本の物語は、いちばんやさしい約束でできていた。


注:ポール・ニューマンについて

ポール・ニューマンはアメリカの俳優。1925年1月26日にオハイオ州で生まれて、2008年9月26日に、83歳で亡くなった。

『ハスラー』(1961年)『明日に向って撃て!』(1969年)『スティング』(1973年)などで知られる。『ハスラー2』(1986年)で、アカデミー主演男優賞を取った。

そしてレースの人でもあった。1979年のル・マン24時間では総合2位。1982年には、食品ブランド「ニューマンズ・オウン」を仲間と作って、利益を慈善団体に寄付してきた。妻は女優のジョアン・ウッドワード。1958年に結婚して亡くなるまで、ふたりは夫婦だった。

出典

情報確認:2026年10月

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