COLUMN・・記事内容:約5分

人間はなぜ、目的もないのに知らない世界を覗きたくなるのか

このサイトがやっているのは、まさに「目的のない覗き見」。人はなぜそれを面白がるのか、この場所の理由を考えてみた。

別に知りたいわけじゃない。知らなくても、たぶん何も困らない。なのに、なぜか気になる。

SNSを眺めていて、知らない国の風景が流れてきた。「ここ、どこなんだろう」と思って調べる。その国へ旅行に行く予定なんてない。でも、なんとなく調べてしまう。

知らない店を見つけたら、どんな店なのか気になる。変わった形の建物を見つけたら、なんでこんな形なのか調べたくなる。知らない言葉を見かけたら、意味を知りたくなる。ひとつ調べると、またひとつ気になる。気づけば、最初に何を調べようとしていたのかすら忘れている。

こういう時間って、よく考えると不思議だ。何かを達成しているわけでも、仕事に役立つわけでも、お金になるわけでもない。なのに、面白い。

どうやら人間には、こういう「意味のない探索」をしたくなる性質があるらしい。

「知らない」が、気になってしまう

心理学では、好奇心を説明する考え方のひとつに「情報ギャップ」というものがある。簡単に言えば、「自分はこれについて知らない」と気づいた瞬間に、自分の中に小さな空白ができる。そして、その空白を埋めたくなる。

たとえば「この人、何者なんだろう?」と思ったとする。その瞬間、頭の中に「何者かわからない」という状態が生まれる。すると、答えを知りたくなる。

面白いのは、最初から答えを求めていたわけではないことだ。「知らない」と気づいたことで、知りたい気持ちが生まれている。好奇心って、「知識が欲しい」というより、「この隙間が気になる」という感覚に近いのかもしれない。

新しいものは、それだけで気になる

人間には、「新しいもの」に反応する性質もある。見たことのないもの。聞いたことのない話。行ったことのない場所。知らない人。予想していなかった出来事。こういうものは、どうしても目に入る。脳は、新しいものや予想外のものを見つけると、それを処理するために注意を向ける。

考えてみれば、これはかなり合理的だ。いつもと違うものがあったら、「なんだろう?」と確かめたほうがいい。危険かもしれないし、食べ物かもしれない。何か新しいことを覚えられるかもしれない。知らないものを覗いてきたことが、人間が生きていくうえで役に立ってきたのだろう。

……とはいえ。

いまの僕たちが覗いているものには、どう考えても生きるのに必要なさそうなものもある。「この変な形の椅子、誰が考えたんだろう」とか、「この国では朝ごはんに何を食べるんだろう」とか、「世界にはこんな祭りがあるのか」とか。

知らなくても、生きていける。でも、気になる。

「役に立つから知りたい」だけじゃない

ここが、ちょっと面白いところだ。

好奇心による情報探しは、いつも「何かの役に立つ情報」を得るために起きるわけではない。研究では、将来の報酬や具体的な目的につながらなくても、新しいものを探したり、わからないことについて情報を得ようとしたりする行動が、人間やほかの霊長類にも見られることが整理されている。

「これを知ったら何の得がある?」という問いに答えられなくても、人間は知りたくなる。効率だけで考えると、ちょっと変だ。

いまの時代なら、なおさらだ。検索すれば、だいたいの答えは出てくる。AIに聞けば、もっと速い。必要な情報だけを取り出すのは、昔よりずっと簡単になった。

それなのに僕たちは、目的もなく情報を眺めている。たまたま見つけた記事を読む。知らない人の話を読む。知らない街の写真を見る。知らない世界を覗く。そして「へぇ」と思う。それだけ。

「へぇ」で終わってもいい

もしかすると、ここが大事なのかもしれない。

情報には、役に立つものと、役に立たないものがある。でも人間が面白いと感じるものまで、全部「役に立つかどうか」で決めなくてもいい。知らないことを知って、「へぇ」と思って終わる。それだけでもいい。むしろ、そのくらいでいいのかもしれない。

何かを学ばなければならない。成長しなければならない。仕事に活かさなければならない。将来のためにならなければならない。そうやって何をするにも理由を求めていると、いつの間にか「面白いから」という理由が使えなくなってくる。

でも、本来の好奇心って、もっと自由なんじゃないだろうか。「なんか気になる」。それだけで覗いていい。「ちょっと面白そう」。それだけで知っていい。その先に何があるかなんて、わからなくてもいい。

だから、人間は寄り道する

考えてみると、人間はずいぶん昔から寄り道が好きだった。

予定になかった道を歩いてみる。知らない店に入ってみる。旅先で予定を変えてみる。本屋で、目的とは違う本を手に取る。隣の人が読んでいる本が気になる。ふと見えた路地の先を覗いてみる。

たぶん、全部同じなんだと思う。「その先に何があるかわからない」という小さな不確かさが、「ちょっと覗いてみよう」という気持ちを生む。その「ちょっと」が、意外と楽しい。人生って、案外こういうところで面白くなるのかもしれない。

効率だけを考えたら、寄り道は無駄だ。目的地だけを考えたら、いらない道だ。でも、寄り道をしない人生って、たぶんちょっと味気ない。

何の役にも立たないものを、眺める時間

AIがどんどん賢くなって、必要な情報は、必要なときに、必要なだけ手に入るようになっていく。とても便利なことだ。でも、だからこそ逆に、「必要じゃないものを見る時間」が面白くなってくるのかもしれない。

知らなくてもいい。役に立たなくてもいい。目的がなくてもいい。ただ、「なんだこれ?」と思ったものを覗いてみる。そこから「へぇ」とひとつ知る。そして、また次の「なんだこれ?」に出会う。

たぶん僕は、そういう時間が好きなんだと思う。何かを成し遂げるためじゃなくて、ただ、ちょっと面白いから。

そう考えると、目的もなく知らない世界を覗いている時間って、意外と無駄じゃないのかもしれない。

いや。無駄でもいいのかもしれない。人間って、そういう不合理なところがあるから面白いんだから。

次の一杯