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年を重ねたら、ガジェットに前ほど心が動かなくなった。冷めたのではなく、必要なものが決まってきたのかもしれない

年を重ねて、新しいガジェットに前ほど心が動かなくなった。冷めたのか、必要なものが決まってきたのか。手元の道具のことを少し考えてみました。

暗い木の机に、使いこんだ茶色い革のカードケースと、革ベルトの古い腕時計、黒いペン、罫線のノート。AIで作った絵で、実際の写真ではない。
※生成画像

年を重ねると昔ほどガジェットに興味がなくなってきた。

新しい機械が出るたびに気になって発表を見て、店まで触りに行く。そんな時期がたぶん誰にでもある。使うかどうかより、手に入れること自体が楽しかった。

いまは新しいモデルが出ても「へぇ」で終わる。ポケットに入っているのは、何年も前に買ったものばかりだ。

冷めたのか、決まったのか

最初は好奇心がなくなったのかと思って少しさびしくなった。

でも思い返すと、引き出しの奥で眠っている機械はたいてい「あったら便利そう」で買ったものだ。毎日手に取るものはほんの数個しかない。

いろいろ試して、合わないものを手放してきた。残ったものがいつのまにか自分の道具になっていた。

本当に必要なもの

本当に自分に必要なものが定まってくるのかもしれない。

選ぶ回数が減ったぶん残ったものを長く使う。使いこんだ道具は、角がすれてボタンの位置を指が覚えている。新品のときよりいまのほうが手になじむ。

興味がなくなったのではなく、興味の向きが変わったのだと思う。新しいものを探すより、手元のものをよく知るほうへ。

それでもたまに店先で新しい機械に足が止まる。触ってみてやっぱり手元のでいいかと笑って帰る。その寄り道くらいは、まだ残しておきたい。

次の一杯