白い壁の白い棚に、同じ柄の赤と白の缶が2段に並んでいる。AIで作った絵で、実際の作品の写真ではない。

CULTURE & HOBBY・・記事内容:約3分

ウォーホルのスープ缶は、1枚100ドルでも売れ残った。32枚を手放さなかった画商がいた

1962年、ロサンゼルスの画廊に32枚のスープ缶の絵が並んだ。1枚100ドルでも売れたのは数枚。画商アーヴィング・ブラムは売れた絵を買い戻し、32枚をひと組にした。ポップアートの始まりの話。

※生成画像

スーパーの棚に並ぶスープの缶。それをそのまま描いた絵が美術の歴史を変えた。

アンディ・ウォーホルの「キャンベル・スープ缶」。いまはニューヨーク近代美術館(MoMA)にある。でも最初に並んだときはほとんど売れなかった。

「32枚、描くつもりだ」

1962年の初め、ロサンゼルスの画商アーヴィング・ブラムは、ニューヨークのウォーホルの家を訪ねた。そこにあったのがスープ缶の絵だ。

2022年のインタビューで、ブラムはこう振り返っている。「スープ缶が3枚。なんで3枚も描いたんだと聞いた。彼は『32枚描くつもりだ』と言った」

32は、当時のキャンベルのスープの種類の数だった。ブラムは思わず口にした。「これをカリフォルニアで展示しないか」。ウォーホルは答えた。「やろう」

棚に並べた、32枚

1962年7月、ブラムのフェラス画廊で展示が始まった。ウォーホルにとって、ポップアートの初めての個展だった。

絵は縦50センチほどの同じ大きさのキャンバスに、1枚ずつ別の味が描かれている。ウォーホルは缶をキャンバスに映して輪郭をなぞり、色を塗った。缶の飾りの模様は手で押すスタンプでつけた。

ブラムは絵を壁に掛けずに細い棚に立てて並べた。「スープ缶はどれも棚から売られていたからね」

「うちは2つで33セント」

評判は散々だった。

ロサンゼルス・タイムズにはこんな言葉が載った。この若い「アーティスト」は頭の柔らかい愚か者か、頭の固いペテン師のどちらかだ。

近くの画廊は本物のスープ缶を積み上げて、「うちは2つで33セント」と広告を出した。ウォーホルの缶は、1枚100ドルだった。

売れたのは数枚だけ。買った人の中には俳優のデニス・ホッパーもいた。

売れた絵を、買い戻した

ここからがブラムの勘だ。

32枚はばらばらにしてはいけない。そう思ったブラムは絵を買った人たちに電話をかけ、絵を返してもらった。そしてウォーホルに、32枚まとめて譲ってくれないかと持ちかけた。

ウォーホルが出した値段は全部で1,000ドル。ブラムは毎月100ドルずつ払った。

ブラムはこの32枚を34年間、手元に置いた。最後にMoMAに渡ったときの値段は、1,500万ドルを超えたとされる。

「同じものを、毎日食べていた」

なぜスープ缶だったのか。ウォーホルはこう話している。

「よく飲んでいたんだ。20年くらい毎日同じ昼ごはんを食べていた。同じものを何度も何度も」

特別なものではなく毎日目にするもの。それを絵にした。そこからポップアートは大きく動き出した。

棚の前で、立ち止まる

32枚の価値をつくったのは、絵そのものだけではない。棚に並べて見せたこと。ばらばらにさせなかったこと。

あの日ブラムが細い棚に並べたのは、スープ缶が売られていたのと同じ並べ方だった。同じ形の缶が味ごとにきれいに並ぶ。その眺めそのものをウォーホルは絵にした。

次にスーパーへ行ったら、スープの棚の前で少しだけ立ち止まってみてほしい。日本ではあの缶はあまり売られていないが、同じ形の商品がきれいに並ぶ棚なら、どこにでもある。1962年、そんな眺めをアートだと言った人がいた。

出典

情報確認:2026年10月

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