
CULTURE & HOBBY・・記事内容:約4分
テトリスは、ソ連の研究所で、新しいコンピューターを試すために書かれた。最初のブロックは、文字でできていた
冷戦のさなかのモスクワ。科学アカデミーの技術者が、絵も描けないコンピューターの性能を試すために、子どものころのパズルをゲームにした。16歳の高校生が手伝い、無料で配られたゲームは、国境を越えていった。
※生成画像
落ちてくるブロックをくるっと回してすき間に入れる。横一列がそろうとすっと消える。
テトリスを知らない人はほとんどいない。でもこのゲームが冷戦のさなかのモスクワで新しいコンピューターの性能を試すために作られたことはあまり知られていない。
研究所のテスト用プログラム
1980年代のなかば。ソ連科学アカデミーの計算センターで働く技術者アレクセイ・パジトノフは新しく入ったコンピューター「エレクトロニカ60」を試す仕事をしていた。
性能を確かめるには何か動かしてみるのがいちばんだ。パジトノフは子どものころに好きだったパズルをもとに簡単なゲームを書くことにした。
もとになったのは「ペントミノ」というパズルだ。5つの正方形をつなげてできる12種類の形を木の箱にぴったり詰める。
12種類はゲームには多すぎた。そこで正方形を4つに減らした。できる形は7種類。4つの正方形でできた形は「テトロミノ」と呼ばれる。
文字で描かれたブロック
エレクトロニカ60には絵を描く機能がなかった。いまの電卓より少ないくらいの記憶しかなかったとCNNは書いている。
だから最初のテトリスのブロックは画面に並んだ文字でできていた。記号を並べて四角に見せていた。
ブロックは長方形の「コップ」の中に落ちて底にたまっていく。横一列がそろったら消す。このいまではあたりまえのルールがここで生まれた。
パジトノフ本人が真っ先にはまった。CNNの取材にこう話している。この試作品をやめられなかった。形を組み合わせるのがとても癖になったと。
名前はギリシャ語で4を表す「テトラ」と彼が大好きだったスポーツの「テニス」を合わせた。
16歳の高校生
同じ計算センターに16歳の高校生が出入りしていた。ワジム・ゲラシモフ。コンピューターの先生に連れてこられパソコンでプログラムを書いていた。
ゲラシモフは自分のウェブサイトに当時のことを書き残している。パジトノフと同僚のドミトリー・パヴロフスキーと3人でパソコン用のゲームを1ダースほど作りまとめて「コンピューター遊園地」にする計画を立てていた。
ある日パジトノフが新しいアイデアを話した。テトロミノが長方形のコップに落ちてきて底に積み重なっていくゲーム。これは当たるかもしれないと。
パジトノフがエレクトロニカ60で試作品を作りゲラシモフがそれをもっと広く使われていたIBMのパソコンに移した。2人はそれから2年ほど機能を足し続けた。
テトリスという名前はゲラシモフにはロシア語として少し変に聞こえた。でもパジトノフは譲らなかったという。
売るつもりはなかった
ソ連では個人で何かを作って売ることはふつうではなかった。作ったものはすべて計算センターのものだった。
3人は友だちにゲームを無料で配った。テトリスはフロッピーディスクにコピーされてあっという間に広がった。
パジトノフはCNNにこう話している。まるで森の火事のようだった。ソ連でパソコンを持っている人はみんなテトリスを入れていた。
壁の向こうへ
やがてテトリスは国境を越えた。ハンガリーでそれを見たソフト会社の営業マンが西側で売る権利を求めてきた。パジトノフはつたない英語で前向きな返事を書いた。相手はそれを許可と受けとって売る準備を始めてしまう。
ここから権利をめぐる長い混乱が始まる。最後に権利を手にしたのは日本に住んでいたオランダ人ヘンク・ロジャースだった。観光ビザでモスクワに乗りこみソ連の輸出の窓口と直接話をつけた。
その部屋にパジトノフがいた。ロジャースは振り返っている。あの部屋でゲームのことを本当にわかっていたのはアレクセイ(パジトノフ)だけだった。
1989年、テトリスは任天堂の携帯ゲーム機と一緒に世界中に広がっていった。
ずっとお金は入らなかった
それでもパジトノフには長いあいだお金が入らなかった。権利は国の研究所のものだったからだ。彼がようやく使用料を受け取り始めたのは1995年。最初の試作品から10年ほどあとだった。
一方ゲラシモフはいまもテトリスの会社とは関係がないと書いている。未成年だった彼は正式に雇われることもできなかった。テトリスはただ楽しいから作っていたのだと。
ブロックはいまも落ちてくる
テトリスの会社によるとテトリスは65を超える機種で発売されスマートフォンでは5億回以上ダウンロードされている。
ロジャースはテトリスを「ハッピーバースデーの歌」にたとえた。たくさんの歌が現れては消えていく。でも誕生日の歌はいつも同じように歌われる。
冷戦の研究所でコンピューターを試すために書かれた文字だけのゲーム。それがいまもどこかの誰かの手の中で静かに一列ずつ消えている。
出典
- Vadim Gerasimov「Tetris Story」(本人のウェブサイト)
- CNN「Tetris: The Soviet ‘mind game’ that took over the world」
- The Register「The Tetris Company celebrates game's 40th birthday」(2024年6月6日)
情報確認:2026年10月


