暗い紺色の木の机の上に、白い紙と筆。紙には、墨で引いた2本の線。手前に金色のトランペットが置かれている。AIで作った絵で、実際の写真ではない。

CULTURE & HOBBY・・記事内容:約3分

マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』は、ほぼ練習なしで録られた。ジャズでいちばん売れた1枚と、日本の筆の話

1959年に録られたマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』は、メンバーが曲を録音の場で初めて演奏した。ドラマーの証言と、ピアニストが解説文に書いた日本の筆の絵の話から、ジャズでいちばん売れた1枚をたどる。

※生成画像

夜のバーで低い音量で流れているトランペット。それがマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』だったことは、たぶん一度はある。

1959年に録られたジャズのアルバムだ。2009年にアメリカの下院に出された決議案は、この1枚を「ジャズの歴史で、いちばん売れたレコード」と呼んでいる。

この名盤はほとんど練習なしで録られた。

元は教会だったスタジオで

録音したのは、ニューヨークにあったコロンビア・レコードの「30丁目スタジオ」。古い教会を改装したスタジオだ。

1回目は、1959年3月2日。2回目はその7週間後。2回の録音でアルバムができた。発売は同じ年の8月17日。

集まったのはトランペットのマイルスと、サックスのジョン・コルトレーンとキャノンボール・アダレイ。ベースのポール・チェンバース、ドラムのジミー・コブ。ピアノはビル・エヴァンスとウィントン・ケリー。ケリーが弾いたのは、1曲だけだ。

楽譜は、なかった

ドラムのジミー・コブは、2008年のインタビューでこう振り返っている。

「準備らしい準備はなかった。マイルスは『この曲は浮かんでいるみたいに』とか、そのくらいしか言わない。楽譜なんてひとつも持っていなかった」

ピアノのビル・エヴァンスも、レコードの解説文(ライナーノーツ)に書いている。マイルスが曲の枠組みを考えたのは録音のほんの数時間前。持ってきたのは何を弾くかを示す簡単なメモだけだった。

「このメンバーは録音の前に、これらの曲を演奏したことがなかった。どの曲も最初に通して演奏したものが、そのまま録音に使われたと思う」

消すことのできない絵

エヴァンスの解説文は日本の話から始まる。

「日本には画家がその場で描くことを強いられる絵がある」

薄く張った紙に特別な筆と黒い絵の具で描く。筆が不自然に止まったり途切れたりすれば線は台無しになり、紙は破れる。消すことも直すこともできない。

だから画家は考えるより先に、思ったことが手からまっすぐ出てくるように修練を積む。

できあがった絵はふつうの絵のように込み入ってはいない。それでもよく見る人は、言葉にできない何かがそこにあると気づくという。

墨と筆の絵を思わせる話だ。エヴァンスはジャズの即興をこの絵になぞらえた。

少ない音階で、長く吹く

曲の作りもシンプルだった。

「ソー・ホワット」はひとつの音階で16小節、別の音階で8小節、また最初の音階で8小節。ほぼそれだけだ。

「フラメンコ・スケッチ」は、5つの音階が並んでいるだけ。演奏する人はそれぞれの音階を好きなだけ続けてから、次へ移る。

それまでのジャズは和音が細かく変わり、その上を速く吹き抜けるのが腕の見せどころだった。ここでは音階が少ないぶん、ひとつの音を選ぶのに時間をかけられる。のちに「モード・ジャズ」と呼ばれるやり方だ。

一度、バンドを離れたピアニスト

エヴァンスは、1958年5月にマイルスのバンドに入り、その年のうちに抜けていた。この録音のために呼び戻されている。

マイルスは1989年の自伝で、「あのアルバムは、ビル・エヴァンスのピアノを中心に考えた」と書いた。

静かな曲「ブルー・イン・グリーン」にはこんな話がある。エヴァンスによるとある日マイルスの部屋で、マイルスが紙に和音を2つ書き、「これでどうする?」と聞いた。そこから曲が生まれた。発売のとき作曲者として名前が載ったのは、マイルスだけだった。

60年たっても、売れ続ける

2002年、アメリカ議会図書館はこの1枚を、残すべき録音のリスト「ナショナル・レコーディング・レジストリ」に加えた。

2008年にはアメリカレコード協会(RIAA)が、400万枚の売り上げを認めた。2019年には、さらに上の「5倍プラチナ」に認定されている。

コブはこう笑っていた。

「マイルスだって、こんなに長く売れるとは思っていなかったはずだ。わかっていたら山ほどお金を要求していたよ」

やり直せない音

練習しすぎない。一度きりで録る。

やり直せないから出てくる音がある。今夜どこかでこの1枚がかかったら、少しだけ耳を澄ましてみたい。それは、7人が初めて通して鳴らした音かもしれない。

出典

情報確認:2026年10月

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