晴れた日、海沿いの公園で、5人の大人が、体を横にのばす体操をしているうしろ姿。遠くに高いビルが見える。AIで作った絵で、実在の人物の写真ではない

BODY & HEALTH・・記事内容:約2分

ラジオ体操は、郵便局の保険の部署が、朝の体操として始めた

朝のラジオ体操を始めたのは、郵便局の保険を担当していた逓信省の簡易保険局だった。1928年の放送開始までと、そのあとの移り変わりを、かんぽ生命の年表で、たどってみる。

※生成画像

♪ 新しい朝が来た希望の朝だ。

夏休みの朝、眠い目をこすって首からカードを下げて公園に集まった。そんな人も多いと思う。

あの体操はいつ誰が何のために始めたのだろう。

始めたのは、郵便局の保険の部署

かんぽ生命の年表によるとラジオ体操を始めたのは、当時の逓信省(ていしんしょう)の簡易保険局。いまのかんぽ生命の前身にあたる部署だ。

国が運営する「簡易保険」は、1916年に始まっていた。保険は人が病気やけがをしたときの備えだ。その部署がラジオの体操に目をつけた。

海の向こうで、先に始まっていた

年表にはこんな流れが書いてある。

1923年。簡易保険局の課長が海外の保険の仕事を見に出張した。1925年の3月にはアメリカの生命保険会社で、ラジオを使った健康体操が行われた。同じ年の7月、その課長は、、「ラジオを使って保険の仕事を広める」という論文を発表して、ラジオで体操をする仕事を日本に紹介した。

2年後の1927年、別の課長が、「健康体操の放送を始めよう」と発表した。だれでもできる体操を作ろうという呼びかけだった。

1928年、朝7時

1928年(昭和3年)の9月に体操ができた。いまの「第一」のご先祖にあたる体操だ。そして、11月に東京中央放送局から朝7時に放送が始まった。

12月にはレコードができた。翌1929年の2月には全国で放送されるようになった。

ラジオがまだ新しかった時代。朝、同じ時刻に同じ声に合わせて日本じゅうの人が体を動かした。

夏休みの朝へ

1930年の7月、東京・神田の万世橋署の巡査が、「子どもの早起き大会」を始めた。年表はこれがその後、全国に広がったと書く。

夏休みの朝のラジオ体操のはじまりのひとつということだ。

途中で、何度も変わった

体操はずっと同じだったわけではない。1932年に「第二」、1939年に「第三」ができた。

1945年の8月15日にはいったん中止された。8月23日には再開された。理由は年表には書かれていない。

戦後の1946年には新しい体操が作られたがあまり広まらず、1947年に放送を中止した。いまの形の「ラジオ体操第一」ができたのは、1951年。いまの職場向けの「第二」は翌1952年だ。

保険の部署の、おせっかい

人が病気になったときのための保険を扱う部署が、「元気でいてもらうための体操」を国じゅうに流した。

おせっかいと言えばそうかもしれない。でもあの朝の数分の体操は、90年以上、続いてきた。

今度あの音楽が聞こえたら、1928年の朝7時を少しだけ思い出してみてほしい。

出典

情報確認:2026年10月

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