晴れた日、海沿いの遊歩道を、白いTシャツと紺のショートパンツ、サングラス姿の男性が、歩いている。奥には、橋と高層ビルの並ぶ街が見える。AIで作った絵で、実在の人物の写真ではない

BODY & HEALTH・・記事内容:約5分

「1日1万歩」は、歩数計の名前になる前からあった

健康の目安として知られる「1日1万歩」は、1965年に発売された日本の歩数計の名前に出てくる。会社の説明と、研究者の見方をたどり、そのあと研究が何を確かめたのかを、歩数をすすめることなく眺める。

※生成画像

「1日1万歩」。

健康の話になるとよく出てくる数字だ。歩数計のアプリを開くと目標の欄に最初から入っていることもある。

でもなぜ、1万歩なのだろう。5,000歩でも、8,000歩でもなく。

そう思ってこの数字の来歴を調べてみた。

この記事は何歩歩くべきかを伝えるものではない。1万歩という数字がどこから来て、そのあと、どう確かめられていったのか。その道のりを資料に残っている範囲でたどる話だ。

1965年の歩数計に、その名前がある

山佐(ヤマサ)時計計器は日本の時計・計器のメーカーだ。公式サイトの沿革によると、1963年に歩数計の開発を始め、1965年に最初の製品を発売した。1964年の東京オリンピックの翌年だ。

その名前は、「万歩メーター」。文字盤の針が1周するとちょうど1万歩になることから、そう付けられたという。

いま知られている「万歩計」という名前は、1984年に商標登録された名称として同じ沿革に載っている。

会社は、こう説明している

では、1万歩という数字はどこから来たのか。

山佐の公式サイトでは開発のきっかけをこう書いている。「医師やジャーナリストが提唱する『1日1万歩歩きましょう』(1日1万歩運動)を国民的運動にしたい」ということだった。

つまり会社の説明では、「1日1万歩」という呼びかけは、この歩数計より前からあったことになる。誰が提唱したのかは公式サイトには書かれていない。

なぜ1万歩なのかについても同じ沿革に説明がある。

「1日1万歩はゴロがよいからではなく、歩幅70cmなら距離にして7km。少なくともこのくらいは歩いてもらいたいというところからきていました」

語呂のよさではなく距離の目安からという説明だ。

研究者は、別の角度から見ている

別の立場の見方もある。

ハーバード大学の健康情報サイトの記事(2019年)で、疫学者(集団の健康を調べる研究者)の I-Min Lee(アイ・ミン・リー)さんが、この数字について話している。

記事は、1万歩という数字のはじまりを、1965年に日本の企業が作った機器「Manpo-kei(万歩計)」――「1万歩の計器」という意味――までさかのぼっている。そして、Leeさんはこう述べている。

「The name was a marketing tool.」(名前は、マーケティングの道具だった。)

同じ Leeさんたちは、2019年の研究論文の要旨にこう書いている。1日1万歩は健康に必要だと広く信じられているが、この数字の科学的な根拠は限られていると。

山佐の説明と、Leeさんの見方。この記事ではどちらかを決定的に正しいとはしない。

ただ私の読みでは会社の説明とLeeさんの見方は、少し違う場面の話のようにも見える。会社は歩数計を作った動機を語っている。Leeさんは、この数字が商品の名前を通じて世の中に広まったことを語っている。もちろんこれは私の読みだ。

はっきり言えるのはここまでだ。1万歩は1965年の歩数計の名前に入っていてその数字はのちに、健康の目安として広く知られるようになった。

そのあとで、研究が確かめにいった

その後も研究者たちは歩数と健康の関係を調べてきた。ここではそのうち、2つの研究を紹介する。

どちらも観察研究だ。人に何かをさせて比べるのではなく、ふだんの暮らしの歩数とその後の様子を記録して比べる研究のこと。歩数が多い人は、ほかの点でも少し違う暮らしをしているかもしれない。だから歩数が原因で結果が変わったと言い切ることはできない。分かるのは、「関連があった」というところまでだ。

2019年:高齢の女性、約1万6千人

1つめは、2019年に、JAMA Internal Medicine(ジャマ・インターナル・メディシン)という医学の雑誌に載った研究だ。

対象は米国の女性の健康研究、Women’s Health Study(ウィメンズ・ヘルス・スタディ)に参加した人たち。そのうち体の動きを測る小さな機械(加速度計)を、規定どおりに身につけた16,741人が分析された。年齢は62歳から101歳で、平均72歳だった(ハーバード大学の健康情報サイトによる)。

計測は、2011年から2015年にかけて、7日間。その後、平均4.3年のあいだに、504人が亡くなった。

結果はこうだった。1日に約2,700歩の人と比べて約4,400歩の人は、死亡リスクが統計的に有意に低かった。歩数が増えるにつれて死亡リスクは下がっていき、約7,500歩のあたりで横ばいになった。

この研究の対象は高齢の女性に限られる。歩数の計測も、1週間分だ。ほかの年代やほかの暮らしの人にそのまま当てはまるかどうかは、この研究だけでは分からない。

2022年:15の調査を、まとめたもの

2つめは、2022年に、Lancet Public Health(ランセット・パブリック・ヘルス)という雑誌に載った研究だ。

これはメタ分析といって、複数の調査の結果をまとめて分析したもの。15の調査(コホート。同じ集団を長く追いかける調査のこと)から、成人47,471人のデータが集められた。調査の開始は、1999年から2018年。追跡期間の中央値は、7.1年。そのあいだに、3,013人が亡くなった。

結果は、歩数が多いほど亡くなる割合は低い傾向があり、、その低下が横ばいになる歩数は年代で違った。60歳以上では約6,000〜8,000歩。60歳未満では約8,000〜10,000歩だった。

こちらも観察研究で、「この歩数まで歩けばこうなる」という約束ではない。年代ごとに関連が横ばいになるあたりを示したものだ。

数字を、少し違う目で見る

2つの研究を見て気づくことがある。

研究が見ていたのは、1万歩ちょうどが特別な境目かどうかではない。歩数が増えるにつれて死亡リスクとの関連がどう変わっていくか、だった。そして関連が横ばいになる歩数は年代によって違っていた。

山佐の説明では、「1日1万歩」という呼びかけが先にあり、その数字が歩数計の名前にも使われた。そして健康の目安として広く知られるようになった数字を、研究者たちはデータを使って確かめてきた。

これから「1万歩」という数字を目にしたとき、その数字が歩数計の名前にもなり、研究によっても調べられてきたことを思い出すかもしれない。

何歩がいいのかはこの記事では決めない。

見慣れた数字にも来歴がある。

出典

情報確認:2026年10月

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