1969年7月16日、アポロ11号を載せたサターンVロケットが、発射台から上昇している。白い機体の下から、炎と煙が広がる。ケネディ宇宙センターで、NASAが撮影した写真。

SCIENCE & TECHNOLOGY・・記事内容:約3分

月へ行ったロケットのコンピュータの記憶は、電線を磁性体の輪に通して、人の手で「編まれて」いた

アポロの誘導コンピュータの、書き換えられないプログラム用の記憶は、電線を小さな磁性体の輪に通して作られた。NASAの歴史資料などをたどり、確認できたことと、できなかったことを分けて読む。

写真: NASA(アポロ11号の打ち上げ、1969年7月16日)/ Wikimedia Commons(パブリックドメイン)。打ち上げの場面で、コンピュータの写真ではありません。縮小・再圧縮・メタデータ削除あり

プログラムを「書く」とは言う。

では、「編む」と言われたらどうだろう。

アポロ計画のロケット(厳密には、人が乗る宇宙船の部分)に積まれたコンピュータには、書き換えのきかないプログラムが電線の通し方という物の形で記録されていた。

電線が、輪を通るか、避けるか

NASAの歴史資料によるとアポロの誘導コンピュータの書き換えられない記憶は、「コア・ロープ(core rope)」と呼ばれた。

仕組みはこうだ。小さな磁性体の輪(コア)がたくさん並んでいる。そこに電線を通す。電線が輪の中を通るか輪を避けて通り過ぎるかで、0と1を区別する。

記憶は、6つのモジュールに分かれていて、1つのモジュールに、6,144ワード(1ワードは16ビット)が入る。合計で、36,864ワード。この数字から計算すると、約72キロバイトになる(資料にそう書いてあるわけではなく私の計算)。

そしていったん工場を出たら中身は変えられなかった。変えるにはモジュールの電線を通し直す必要があったという。

作ったのは、ボストン郊外の工場

これを作ったのは請負会社のレイセオン(Raytheon)。NASAの歴史資料はそう書いている。

スミソニアン国立航空宇宙博物館の画像には、「ボストン郊外のレイセオンの工場で、コア・ロープを編んでいる」という説明がついている。画像に写る人たちが誰かは説明には書かれていない。

作業をしたのは主にレイセオンの女性の従業員だった、と報じる記事がある(Science News)。電線を輪に通す作業は、手作業だったと書いている。

細かい方法についてはあるブログが中空の針に電線を通して、2人で往復させたと説明している。1つのモジュールを作るのに約8週間かかり、費用は1万5千ドルだったとも書く。ただしこれは筆者が挙げる元の資料を私が確かめられていない二次資料の説明だ。

直せないから、数か月前に決める

直せない記憶には困った点がある。

NASAの歴史資料によるとソフトウェアは、ミッションの数か月前に届ける必要があった。編んで検査する時間が要るからだ。そしてレイセオンはできあがったモジュールを、納められたデータのテープと照らして、製造のときに入った配線の間違いを見つけたという。

Science Newsは、レイセオンで働いたメアリー・ルー・ロジャーズ(Mary Lou Rogers)の、BBCのインタビューでの言葉を紹介している。部品はそれぞれ合格の印を押される前に、3、4人に見られたという。

間違いはあとからパッチで直せない。だから作る前に決めて作ったあとも何度も確かめる。

書く、ではなく、編む

プログラムは画面に打ち込むものと思いがちだ。

でもこの時代のロケットのプログラムは電線の通し方という形で、人の手で物になっていた。

そこでいくつかわからないことが残った。

1つのコアにいくつのワードが入るかは資料によって数え方が違った。

資料に出てくる何かの呼び名についても当時から使われていたのかは、はっきりしない。そのためこの記事では使っていない。

わかるのは月に行ったコンピュータの記憶が手で編まれていたということ。

出典

情報確認:2026年10月

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