霧の立つ夜明けの川に、膝まで入った釣り人のシルエット。しなった竿の先から、糸が弧を描いている。AIで作った絵で、実際の写真ではない。

MIND・・記事内容:約3分

川に立って、竿を振る。フライフィッシングは、戦地から帰った人たちの心の回復に使われている

2005年、アメリカの陸軍病院で、けがをして帰った兵士たちに釣りを教える活動が始まった。PTSD のある退役軍人を調べた研究では、旅のあとに不安や落ち込みが下がった。ただし、まだ「薬」とは言えない理由もある。

※生成画像

朝の川に膝まで入って立つ。糸を後ろへ送り、前へ振り出す。毛ばりが水面にそっと落ちる。

釣れるかどうかは魚しだい。でもアメリカでは、この時間が心の回復の場として使われている。

陸軍病院から始まった釣り教室

2005年、ワシントンのウォルター・リード陸軍医療センター。イラクやアフガニスタンからけがをして帰った兵士たちに、フライフィッシングを教える活動が始まった。

名前は「プロジェクト・ヒーリング・ウォーターズ」。癒やしの水という意味だ。

教えるのは竿の振り方だけではない。毛ばりを自分で巻く。竿を自分で組み立てる。

活動はいま全米の軍の病院や退役軍人の医療施設に広がった。参加する退役軍人は7,000人を超え、ボランティアは4,000人近くいる。

泊まりがけの旅で、何が変わったか

効果を確かめようとした研究がある。

2013年、アメリカの研究者たちは PTSD(心的外傷後ストレス障害)のある退役軍人74人を調べた。参加したのはフライフィッシングを中心にした泊まりがけの旅だ。旅の2週間前と最終日と6週間後に、気分や不安や体のストレスの症状を測った。

旅のあいだに気分は明るくなり、注意力も上がった。落ち込みや不安や体のストレスの症状は下がり、6週間後もその状態が続いていた。

6週間後には眠りの質もよくなっていた。PTSD の症状も軽くなっていた。

2017年には別の研究も出た。戦闘でけがや障害を負った退役軍人40人が、4日間の釣りのプログラムに参加した。終わった直後には PTSD の症状もうつもストレスも下がった。仕事や人間関係の困りごとも減った。3か月後には余暇の満足度が上がっていた。

参加者が話したこと

数字ではなく言葉で聞いた研究もある。プログラムに参加した9人に、グループで話してもらった。

浮かび上がったのは4つのことだった。

ただし、まだ「薬」ではない

ここで少し落ち着いておきたい。

これらの研究はどれも人数が少ない。比べるための「釣りをしないグループ」も置いていない。釣りそのものが効いたのか。仲間と過ごしたことが効いたのか。自然の中にいたことが効いたのか。そこは分けられない。

うまくいかなかった研究もある。乳がんを経験した女性のための、フライフィッシングの週末合宿を調べた2017年の研究だ。生活の質も立ち直る力の点数も、はっきりした変化は出なかった。

それでも参加者たちは、満足したし癒やされたと書いた。よかったのは仲間やボランティアとのつながり。自然の中にいること。新しい技術を覚えること。

竿を振るあいだは、ほかのことを考えられない

フライフィッシングは忙しい釣りだ。

毛ばりはとても軽いので、糸の重さを使って遠くへ運ぶ。振るリズムが崩れると糸はすぐに絡む。流れを読み、魚のいる場所を考え、毛ばりの流れ方を目で追う。

頭の中が目の前の水でいっぱいになる。仕事のことも昨日のことも、入りこむ隙間が少ない。研究に出てきた「息をつく時間」は、たぶんこういうことなのだと思う。

週末の川べりで

釣れなくてもいい。

川に立って竿を振って、水の音を聞く。帰り道に少しだけ頭が静かになっていたら、それで十分な気がする。

出典

情報確認:2026年10月

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