
SCIENCE & TECHNOLOGY・・記事内容:約3分
ポスト・イットは、強くできなかった接着剤から生まれた。聖歌集から落ちるしおりが、使い道を教えた
1968年、もっと強い接着剤を目指した研究から、くっつきすぎない接着剤ができた。使い道が見つからないまま5年。教会の聖歌隊で歌う同僚が、日曜ごとに落ちるしおりに困っていた。
※生成画像
パソコンの画面のふちに黄色い小さな紙。冷蔵庫のドアにも手帳のページにも。
貼って、はがして、また貼れる。あまりに身近で発明品だと考えたこともなかったかもしれない。でもこの紙は「失敗した接着剤」と、教会の聖歌隊で歌う男のいらだちから生まれた。
強くしたかったのに、弱かった
1968年、アメリカの会社3Mの研究所で、化学者のスペンサー・シルバーが接着剤の研究をしていた。
目指していたのは、もっと強力でもっと強くてもっと丈夫な接着剤だった。
ところが、できたのは逆のものだった。表面に軽くくっつくのにぴったりとは貼りつかない。はがしても紙が破れない。しかも何度でも貼り直せる。
シルバーはのちにこう振り返っている。当時はもっと強い接着剤を作りたかった。これはそのどれでもなかった。
その正体は、目に見えないほど小さなつぶれにくいアクリルの粒だった。粒が表面にふれている点でだけくっつくから、くっつきすぎない。
5年間、使い道を探した
シルバーは、これは何か面白いものだと感じていた。でも何に使えばいいのかはわからなかった。
スプレーにするか。掲示板の表面に塗って、お知らせを貼ったりはがしたりできるようにするか。社内の仲間に話し、勉強会でも紹介した。
それから5年ほど、使い道は見つからなかった。
聖歌集から落ちる、しおり
同じ3Mにアート・フライという技術者がいた。フライは教会の聖歌隊で歌っていた。
毎週水曜の夜の練習で、次の日曜に歌う曲のページに紙の切れはしをはさんでおく。ところが日曜になると、しおりは全部聖歌集から落ちてしまっていた。立ち上がって本を開いたとたんに床へ。
ある日、礼拝の説教を聞きながら、フライは思い出した。シルバーの勉強会で聞いた、あのくっつきすぎない接着剤のことを。
あれをしおりに塗れば落ちない。しかもページは破れない。
しおりではなく、伝言だった
フライはシルバーと組んで製品づくりを始めた。紙の片面にだけうまく接着剤をとどまらせる工夫も、別の研究者たちが見つけた。
そのうちフライとシルバーは気づいた。社内でこの紙にメモを書いて、ほかの人の書類に貼って伝言している。
フライはこう話している。これはただのしおりじゃない。まったく新しい伝え方なんだ。
売れなかった、最初のテスト
ところがいくつかの都市で試しに売ってみると、結果はぱっとしなかった。3Mはもう少しで製造をやめるところだった。
最後の賭けに出たのがアイダホ州ボイシの町だった。店に並べるのではなく、とにかく人の手に配る。「ボイシ・ブリッツ」と呼ばれた作戦だ。
使ってみた人のおよそ9割が買いたいと答えた。
1980年、ポスト・イットはアメリカ全国で売り出された。シルバーの発見から12年たっていた。
黄色は、たまたま
あの黄色にも話がある。3Mによると、隣の研究室にたまたま黄色い紙の切れはししかなかったからだという。
フライはこの紙は自分で自分を宣伝する商品だった、と話している。誰かに送った書類に貼ってあると、受け取った人が気になってはがしてさわってみる。そして自分の分を買いに行く。
答えのない発明
シルバーはこう話していたという。多くの新しい発明と同じで、誰も必要だと思っていなかった。必要になるその時までは。
強い接着剤を作る研究としては失敗だった。でも5年のあいだ、それを捨てずに人に話し続けた。その話を聖歌集を抱えた誰かが覚えていた。
机の引き出しに、使い道のわからないまま取ってあるもの。それもいつか誰かのしおりになるかもしれない。
出典
- Post-it(3M カナダ)「About | Post-it® Brand」
- Lemelson Center(MIT)「Art Fry & Spencer Silver」
- MNopedia(ミネソタ歴史協会)「Post-it Notes」
情報確認:2026年10月


