薄暗いスタジオの、古いドラムセット。スネアドラムの上に、木のスティックが2本置かれている。AIで作った絵で、実際の写真ではない。

CULTURE & HOBBY・・記事内容:約5分

世界でいちばん使われたドラムは、B面を埋めるための6秒だった。叩いた人には、1ドルも入らなかった

ドラムンベースも、90年代のヒップホップも、同じ6秒のドラムから作られている。1969年、短すぎた曲を長くするために入れた4小節。2026年、アメリカ議会図書館は、その曲を後世に残す録音に選んだ。

※生成画像

ドラムンベースのクラブでずっと鳴っている、あの細かくて速いドラム。90年代のヒップホップの少しざらついたビート。オアシスの曲のイントロ。

聴いたことがなくてもたぶん耳にはしている。その多くが同じ6秒から作られている。1969年に、ワシントンの小さなソウルバンドのドラマーが叩いた、たった4小節だ。

B面が、足りなかった

1969年のはじめ。ワシントンD.C.のバンド、ウィンストンズは、アトランタのスタジオで新しいシングルを録っていた。A面は「カラー・ヒム・ファーザー」。足りなかったのは裏に入れるB面だった。

リーダーのリチャード・L・スペンサーは、古いゴスペルの「エイメン」をもとに、歌のない曲を作ることにした。ギターのフレーズには、カーティス・メイフィールドがかつて弾いて聴かせてくれたものを借りた。

それでも曲が短すぎた。そこで途中にドラムだけの部分を入れて、長さを稼ぐことにした。

スペンサーはのちにBBCにこう話している。メンバーは練習したがらなかった。俺たちはバーで演奏するバンドで、新しいものを作るつもりはなかった。みんな早く遊びに行きたくて少しいらいらしていたから、急いでまとめた。

20分ほどで曲はできあがった。

曲が始まって1分半ほどのところでほかの楽器が止まる。ドラマーのグレゴリー・コールマンがひとりで4小節を叩く。長さは、6秒か7秒。

このドラムを決めたのは誰か。スペンサーは自分が指示したと言い、もうひとりの生き残りのメンバーは「あれは純粋にG・C(グレゴリー・コールマン)のものだ」と言う。答えははっきりしない。

誰も気づかなかった

A面の「カラー・ヒム・ファーザー」はヒットした。アメリカのR&Bのチャートでトップ10に入り、翌年にはグラミー賞をとった。

B面の「エイメン、ブラザー」にはほとんど誰も気づかなかった。

人種の混ざったバンドだったウィンストンズは、南部で演奏の仕事をとるのに苦労し、1970年に解散した。

15年以上たって、拾われる

1980年代ニューヨークでヒップホップが生まれる。DJたちは古いレコードのドラムだけの部分を探しては、くり返し流しその上でラップをした。

1986年、DJ向けに古いファンクやソウルのドラムの部分を集めたレコード『アルティメット・ブレイクス・アンド・ビーツ』に、「エイメン、ブラザー」が入った。

同じ年サルト・ン・ペパの曲に、このドラムが少し遅くして使われた。1988年ごろには、N.W.A.の「ストレイト・アウタ・コンプトン」にも入った。サンプラーという機械で録音を切りとって、自分の楽器のように鳴らせる時代が来ていた。

いつのまにか、このドラムは「アーメン・ブレイク」と呼ばれるようになった。

6秒が、ジャンルになる

90年代のはじめイギリスのダンス音楽の作り手たちが、このドラムに目をつけた。速くして細かく切り刻んで並べ直す。そこから、ジャングルやドラムンベースと呼ばれる音楽が育っていった。

1997年にはオアシスの曲にも、デヴィッド・ボウイの曲にも入った。

このドラムを使った曲の数は数え方によって違う。ギネス世界記録は、2018年3月の時点で2,835曲という数字を、「もっともサンプリングされた曲」として載せている。音楽の使われ方を集めるサイトの数字では、6,000曲を超えるという報道もある。

このドラムについてドキュメンタリーを作ったアメリカの作家ネイト・ハリソンは、BBCにこう話している。とても生々しい音なのに同時に機械のようにも聞こえる。リズムに引っかかりがあるから、切って並べ替えるのにぴったりなのだと。

1ドルも、入らなかった

このドラムで多くの人がお金を得た。でもウィンストンズの誰にも使用料は入らなかった。

1980年代、サンプリングはまだ法律のあいまいな場所にあった。スペンサーがこのことを知ったのは1996年、ワシントンの地下鉄で働いていたときだった。レコード会社の人から元のテープがほしいと電話が来た。訴えることができる期間はもう過ぎていた。

スペンサーは最初、盗まれたと怒った。

ドラムを叩いたコールマンは、2006年、アトランタの路上で、、家もお金もないまま亡くなった。自分のドラムが世界中で鳴っていたことを、たぶん知らなかっただろうとスペンサーは話している。

2015年イギリスのDJ2人が、スペンサーのためにネットで寄付を集めた。会ったこともない人たちから、思っていた以上のお金が集まった。

72歳になっていたスペンサーは、BBCにこう話した。最悪のことではない。アメリカの黒人として、誰かが自分の作ったものを使いたいと思ってくれる。それは光栄なことだ。半世紀たって地球の反対側の若者たちが贈り物をくれた。最近でいちばんうれしいことのひとつだと。

2026年、国の宝になる

そして2026年5月14日。アメリカ議会図書館は、後世に残すべき録音を集めた「ナショナル・レコーディング・レジストリ」に、この年の25曲を加えた。

そのひとつがウィンストンズの「エイメン、ブラザー」だった。テイラー・スウィフトやビヨンセの曲と並んで。

議会図書館はコールマンの名前を出してこう書いている。いまや象徴となった6秒のドラムは、おそらく歴史上もっともサンプリングされた音だと。

B面を埋めるために、20分で作った曲。その真ん中の6秒が半世紀かけていくつもの音楽を生んだ。

今夜どこかのクラブで鳴っているドラムの奥にも、1969年のアトランタのスタジオが少しだけ残っている。

出典

情報確認:2026年10月

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