乾いた岩山を背に立つ、2基の白い氷の塔。高さは人の背丈の何倍もあり、先からつららのように氷が伸びている。手前に、塔をつくった若者たちが並んでいる。

WORLD・・記事内容:約3分

雨がほとんど降らないヒマラヤの村は、冬の川の水を高さ20mの「氷の塔」に凍らせて、春まで取っておく。

インド北部のラダックでは、冬の川の水を凍らせて円すいの氷の塔をつくる。電気もポンプも使わない。雨の少ない土地の、春の水不足への答えだ。

写真: Crb43 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)。再圧縮・メタデータ削除あり

乾いた岩山を背に立つ、2基の白い氷の塔。高さは人の背丈の何倍もあり、先からつららのように氷が伸びている。手前に、塔をつくった若者たちが並んでいる。
写真: Crb43 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)。再圧縮・メタデータ削除あり

インドの北の端、ヒマラヤの山あいにラダックという土地がある。チベット仏教の寺が点在する、乾いた高地だ。冬になると、ここに白い円すいが立つ。高さは建物の数階ぶん。雪山のかけらのように見えるが、人がつくった氷だ。

地元では「アイス・ストゥーパ(氷の仏塔)」と呼ばれている。この土地に多い仏塔の形に似ているからだ。

雨がほとんど降らない土地

塔が立つフィヤン村は標高およそ3,500m。1年の雨は50mmほどで、東京の30分の1にも届かない。

畑の水は山の雪と氷河がとけた水がたよりだ。困るのは春だ。種をまく4月と5月に川の水がいちばん細くなる。氷河がどっととけて水が増えるのは6月の半ばから。今度は多すぎて鉄砲水になることもある。

冬のあいだも水は流れている。ただ寒すぎて畑には使えず、そのまま下流へ流れていく。

橋の下に残っていた氷

思いついたのはラダックの技術者ソナム・ワンチュクだ。ある年の5月、橋の下に氷が残っているのに気づいた。日が当たらなければ氷は春の終わりまでもつ。

けれど村の畑ぜんぶに日よけはかけられない。そこで氷を縦に積むことにした。平らな氷は日を受ける面が広い。円すいにすれば、たくさんの水をためたまま日に当たる面を小さくできる。

2013年の冬、ワンチュクはラダックの中心の町レーで高さ6mの試作品をつくった。凍らせた水は約15万リットル。日よけなしで翌年の5月18日まで残った。

電気を使わない噴水

仕組みは単純だ。上流の川から地中にパイプを引いてくる。水は高いところから低いところへ流れるので、ポンプはいらない。

パイプの先を空に向けて立てると、その勢いで水が噴き上がる。氷点下の夜の空気の中で、しぶきは落ちる前に凍る。それが少しずつ積もって円すいが育っていく。

春になると塔はゆっくりとける。その水をタンクに集めて、植えたばかりの苗に少しずつ送る。

上空から見たフィヤン村。茶色い谷の斜面に、白い氷の塔が2基小さく見える。その下に、木の並ぶ畑と家々が広がり、右上に僧院の建物がある。
写真: Goutam1962 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)。縮小・再圧縮・メタデータ削除あり

フィヤン村では2015年、川から2.5kmのパイプを引いて本格的な塔に挑んだ。目標は高さ30m。できあがったのは高さ20m、水にして約200万リットルの塔だった。

先に「氷をためた」人

氷で水をためる考えには先輩がいる。退職した技術者のチェワン・ノルフェルだ。

1987年の冬、ノルフェルは標高4,000mのプクツェ村で日陰の谷を石でせき止めた。冬の水をそこで凍らせておき、春にとかして使う。調べた研究者によると、畑に水を引ける日が20〜40日のびた。同じような池は12か所に広がり、ノルフェルは「アイスマン」と呼ばれた。

ただ、どれも高い山の上にある。手入れが続かず使えなくなった池も多い。ワンチュクの塔は村のすぐそばに建てられる。そこが大きな違いだった。

村どうしで高さを競う

いまでは氷の塔は村の冬の行事にもなっている。2019年からは村どうしで塔をつくって競う大会が開かれている。2019年に12基、2020年には25基ほどが建った。

青空の下、雪をかぶった山並みと、手前の黒い岩山。そのふもとの左下に、白い氷の塔が小さく2つ見える。
写真: Sumita Roy Dutta / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)。縮小・再圧縮・メタデータ削除あり

いいことばかりでもない

下流のペイ村からは反対の声も上がった。11月から川の水を塔に回されると、自分たちの畑の地下水がたまらない。そう訴えて、役所が水の引き込みをやめるよう命じたこともある。

「塔の3分の1は空気と茂みとパイプだ」と、ためられる量を疑う技術者もいる。最近は雪の少ない冬も増えた。氷の塔は万能の答えではない。

それでも、水が足りない季節に向けて冬の寒さをためておく。その発想は、乾いた高地に暮らす人々の知恵そのものだ。

日本にも、冬の氷を氷室(ひむろ)にしまって夏まで残した時代がある。山の日陰に掘った、氷の貯蔵庫だ。寒さは昔から蓄えられるものだったのかもしれない。

氷の柱を暮らしの一部にしている人々が、ヒマラヤの高地にいる。世界には、私たちが知らないその土地ならではの知恵がある。

出典

情報確認:2026年10月

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