暗い木のカウンターの上に、氷とライムを入れた背の高いグラス。うしろに、ぼんやりと酒のボトルの棚。AIで作った絵で、実物の写真ではない。

FOOD・・記事内容:約2分

ジントニックは、マラリアの薬から生まれた。その話は、どこまで本当か

ジントニックは、マラリアの薬から生まれた、という話をよく聞く。キニーネの歴史、1858年のトニックウォーターの特許、1868年の最初の記録、専門家の見方まで、記録をたどって確かめる。

※生成画像

ジントニックはインドでマラリアを防ぐために生まれた。

バーでそんな話を聞いたことがある人は多いと思う。マラリアは蚊が運ぶ熱の出る病気だ。そしてジントニックの苦みはもともとその病気の薬だった、と言われている。でも記録をたどると話は少し違ってくる。

まず、薬があった

トニックウォーターの苦みのもとはキニーネ。南米のキナノキの樹皮から取れる成分で、マラリアの薬としてずっと使われてきた。

17世紀にはスペインの人たちが、この樹皮をマラリアの治療に使っていた。ペルーなどの先住民から教わったとされる。ヨーロッパへ広めたのは、スペインのイエズス会の宣教師たちだと言われている。

1820年にはフランスの2人の化学者が、樹皮からキニーネだけを取り出すことに成功した。

ここまではたしかな話だ。

1858年、トニックウォーター

ロンドンの飲料会社ピット社の持ち主、エラスマス・ボンドが、1858年に特許を取った。名前は「キニーネ・トニックウォーター」。キニーネと炭酸水を組み合わせた飲み物だ。

のちに、シュウェップス社が「インディアン・トニックウォーター」を売り出す。名前はイギリス領インドとのつながりから来ていて、作っていたのはイギリスの会社でインドではない。

ジンは、いつ入った?

ではジンを足したのはいつなのか。

一番古い記録として知られているのは、1868年。イギリスの雑誌『オリエンタル・スポーティング・マガジン』に、競馬を見に来た人たちの「さわやかなカクテル」として載っている。

薬としてではなく競馬場の飲み物として。

1870年代のロンドンの新聞には、インドから帰った旅行者が「ジントニック」を頼んだ、という記事もある。ただいちばん最初の記録がどれなのかははっきりしない。

「薬」という話は、あとから盛られた

スミソニアン・マガジンの記事で、専門家のアニスタティア・ミラーさんは、ジントニックはマラリア対策としてインドで生まれたものではない、と話している。兵士が配給で飲んだという話も否定している。

兵士の配給から生まれたという物語は、20世紀になってから大英帝国を美しく見せる形で、ふくらんでいったという。

いまのトニックウォーター

いまのトニックウォーターは昔の薬ほど苦くない。キニーネの量には上限があって、アメリカのFDAは1リットルあたり83mg、ヨーロッパは100mgまで。しかもたいてい甘くしてある。

もうひとつちょっと面白い話がある。キニーネは紫外線を当てると光る。暗い背景に置けば、直射日光の下でも光っているのがわかるという。

話は、グラスの横で

薬から生まれたというのは少し話を盛りすぎだった。

でもグラスの氷が鳴るのを聞きながら、「これじつはね」と話す。そのくらいの話がちょうどいいのかもしれない。大人の寄り道にはそういう小さな種があるとうれしい。

出典

情報確認:2026年10月

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