
FOOD・・記事内容:約4分
「NO MSG」の不安は、1968年の1通の手紙から始まった。昆布だしから生まれたうま味調味料が、疑われ続けた理由
日本の化学者が昆布のだしから取り出した、うま味の正体。アメリカでは「中華料理店症候群」と呼ばれ、長く恐れられた。始まりは、ひとりの小児科医の問いかけの手紙。返事の症状はばらばらで、実験には多くの欠点があった。
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アメリカのスーパーでときどき見かける表示がある。「NO MSG」。うま味調味料は入っていません、という意味だ。
まるで入っていたら体に悪いかのような書き方。でもこの不安の始まりをたどると、1968年のひとりの医者の短い手紙に行きつく。
昆布だしから生まれた
うま味調味料、グルタミン酸ナトリウム(英語の頭文字で MSG)を作ったのは、日本の化学者、池田菊苗だ。
アメリカ食品医薬品局(FDA)の説明では、1908年、池田は昆布のだしからグルタミン酸を取り出し、これがだしの味の正体だと突き止めた。そして作り方の特許をとり、翌年には売り出された。
いまは昆布からではなく、でんぷんやサトウキビなどを発酵させて作っている。ヨーグルトや酢、ワインと似た作り方だ。
グルタミン酸はトマトやチーズにも、もともとたくさん含まれている。私たちの体の中にもある。
戦争が、アメリカへ運んだ
アメリカの科学史研究所が出している雑誌に、作家のサム・キーンがMSGがたどった道を書いている。
20世紀のはじめ、MSGは日本が勢力を広げた東アジアへ広がった。中国でも好まれ、まねした商品がたくさん生まれた。
アメリカに入ったのは中国経由だった。真珠湾攻撃のあと、アメリカでは日本への反感が強まり、日本に苦しめられた中国への同情が高まった。中華街を訪れ中国料理を食べる人が増えた。1940年代の終わりには、MSGの入った中国料理がアメリカで人気になっていた。
アメリカの食品会社も缶詰のスープや冷凍の食事に、こっそりMSGを足すようになった。軍隊の食料にも入った。誰も気にしていなかった。
1968年の手紙
1968年4月。メリーランド州の小児科医ロバート・ホー・マン・クウォックが、医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に手紙を出した。
中国北部の料理を出す店で食べると、あとで胸がどきどきして体がだるく、しびれる。原因は何だろう。塩か、料理酒か、それともMSGか。自分には答えを出す力がないから、ほかの医者の意見を聞きたい。
ただの問いかけだった。
翌月、雑誌はほかの医者からの10通の返事を載せた。みんな中国料理を食べたあとの不調を書いていた。でも症状はばらばらで、2人として同じものはなかった。
原因についての意見もばらばらだった。ダックソース。冷凍野菜。マスタード。ワンタンスープ。フグの毒。慣れない箸を使う緊張という人までいた。ニューヨークと南カリフォルニアでは起きるがハワイとロンドンでは起きないという人もいた。
ある神経科医は、家でいつもMSGを使って料理しているが何も感じないと書いた。
雑誌の編集者たちは少しからかうような論説をつけた。でも新聞はその冗談に気づかなかった。「中華料理店症候群」という言葉がひとり歩きを始めた。
あやしい実験
1968年の夏から、MSGを犯人とする研究が出始める。
ひとつは、さっき「家で使っても何ともない」と書いた神経科医の研究だった。彼は中華料理店に何日も通い、症状が出るまで食べ続けた。MSGを与えて試した「目隠しの」実験では、試された3人のうち1人が彼自身だった。
翌年には別の研究者がネズミの赤ちゃんにMSGを注射し、脳に傷ができたと発表した。でもその量は、人間の大人なら一度に450グラムほどを食べるのに当たるとんでもない量だった。そもそも人はMSGを注射しない。食べる。
キーンは、こうした研究には少なすぎる人数や目隠しの不十分さなど、多くの欠点があったと書いている。
科学は、どう答えたか
その後きちんと条件をそろえた研究が何度も行われた。キーンによると、その大半はMSGが害を起こさないことを示している。
FDAは、MSGを「一般に安全と認められる」食品の成分としている。MSGに弱いと自分で言う人たちにMSGと偽物を区別がつかないように与えて試しても、症状を安定して引き起こすことはできなかったとFDAは説明している。
1990年代にFDAの依頼で専門家の団体が調べた報告もある。食べ物と一緒ではなくMSGだけを3グラム以上とったときに、一部の人に頭痛やほてりなどの軽くて一時的な症状が出ることがある。ただふつうの料理1皿に入っているMSGは0.5グラムより少ない。
FDAによれば、大人は1日に食べもののたんぱく質から約13グラムのグルタミン酸をとっている。足したMSGからは約0.55グラムだ。
「ピザ屋症候群」は、ない
キーンはこう書いている。アメリカ人は何十年も缶詰のスープや冷凍食品でMSGを食べてきた。誰も騒がなかった。騒ぎになったのは、MSGが「中国料理」と結びつけられたときだった。
塩分が原因だという説にも彼は首をかしげる。ペパロニやチーズも塩分はたっぷりだ。でも「イタリアのピザ屋症候群」の話は誰もしない。
だしの味を、もう一度
昆布のだしから取り出された、あの味。トマトにもチーズにも同じ成分が入っている。
不安はひとつの手紙とたくさんのうわさから生まれた。調べ直すのには何十年もかかった。
今度、昆布でだしをとることがあったら、少しだけ思い出してみてもいい。あの味の正体を最初に突き止めたのは日本の化学者だったことを。
出典
- Science History Institute, Distillations「The Rotten Science Behind the MSG Scare」(Sam Kean)
- U.S. Food and Drug Administration「Questions and Answers on Monosodium glutamate (MSG)」
情報確認:2026年10月


