
MIND・・記事内容:約3分
思い出は「いちばんの瞬間」と「終わり方」で決まる。冷たい水の実験で、7割の人がつらい時間の長いほうを選んだ
14度の水に60秒。もうひとつは、そのあと30秒だけ、1度だけ温かくした水に手を入れ続ける。どちらをくり返したいか聞くと、69%が長いほうを選んだ。カーネマンたちが見つけた「ピーク・エンドの法則」と、終わり方の大切さ。
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冷たい水に、手を入れる
1993年。心理学者のダニエル・カーネマンらは32人の参加者に少しつらい実験をしてもらった。
まず片手を14度の冷たい水に60秒間ひたす。かなり痛い冷たさだ。
次にもう片方の手で同じく14度の水に60秒ひたす。ただし今度はそのあと30秒間手を入れたままにする。そのあいだに水の温度を少しずつ15度まで上げる。たった1度。それでも多くの人には少しだけ楽に感じられる。ただし冷たくてつらいことに変わりはない。
つまり2回目は1回目のつらさにさらに30秒のつらさを足しただけだ。
そのあとで参加者に聞いた。もう1回やるとしたらどちらをくり返したいか。
32人のうち22人、69%が長いほうを選んだ。
つらい時間が長いほうをわざわざ選んだことになる。最後が少し楽だったというだけで。
大腸の検査でも
実験室だけの話ではなかった。
1996年、カーネマンとトロント大学の医師ドナルド・レデルマイヤーは、大腸内視鏡の検査を受ける154人と結石を砕く治療を受ける133人に、検査中の痛みをその場で数字で記録してもらった。
あとで「全体としてどれくらい痛かったか」を聞くと、その答えは検査がどれだけ長かったかとはほとんど関係がなかった。強く結びついていたのは、いちばん痛かった瞬間の強さと最後の3分間の痛さだった。
2003年には682人の患者でさらに試した。半分の人は検査の最後に短い時間を足した。内視鏡を抜かずに少しだけ置いておく時間だ。そのあいだはあまり痛くない。
検査は少し長くなった。それでも時間を足した人たちは検査全体をそれほど不快ではなかったと覚えていた。そしてその後もう一度検査を受けに来る人の割合も少し高かった。
長さは、覚えていない
カーネマンたちはこれを「持続時間の無視」と呼んだ。
記憶の中で出来事の評価を決めるのは主に2つ。いちばん強かった瞬間、ピーク。そして終わり方、エンド。どれだけ長く続いたかは思ったほど効いてこない。
1993年の論文は、それ以前のカーネマンたちの研究も紹介している。ほかの人の不快な体験の記録を見せて全体を評価してもらう実験だ。そこでは、いちばんつらかった瞬間と終わりのつらさの2つで評価のばらつきの94%が説明できた。長さを足しても説明できる分は3%しか増えなかった。
終わりを、少しよくする
この法則は毎日の暮らしにも使えるかもしれない。
旅行の最後の日に余裕のある予定を入れておく。飲み会の最後は愚痴ではなくいい話で終える。部下との面談は最後にひとつよかった点を伝える。
逆に言えば、どんなに長くていい時間でも最後のつまずきが全体の思い出を塗りかえてしまうことがある。
今夜の終わり方
もちろん記憶をうまく操ろうとしすぎるのも少しさびしい。
でも一日の終わりに少しだけいいことを置いておく。温かいお茶を一杯。好きな曲を一曲。窓を開けて深呼吸をひとつ。それくらいの小さなことでいい。
夜がしずかに更けていくころ、湯気のむこうに、今日という日がやわらかくほどけていく。いろいろあった一日も、最後にともった小さな灯りひとつで、やさしい色に染まるのだと思う。
今日がどんな日だったかは、たぶんその最後の数分が決めてくれる。だから今夜は、いい終わりをひとつ、自分に贈ろう。
出典
- D. Kahneman, B. L. Fredrickson, C. A. Schreiber, D. A. Redelmeier「When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End」Psychological Science(1993年。論文 PDF)
- D. A. Redelmeier, D. Kahneman「Patients' memories of painful medical treatments」Pain(1996年。PubMed の要旨)
- D. A. Redelmeier, J. Katz, D. Kahneman「Memories of colonoscopy: a randomized trial」Pain(2003年。PubMed の要旨)
情報確認:2026年10月


